大判例

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甲府地方裁判所 昭和29年(レ)17号 判決

控訴人 前島正

被控訴人 大久保卯之助

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人より控訴人に対する甲府簡易裁判所昭和二十六年新(ユ)第十四号宅地建物調停事件の調停調書正本につき同裁判所が被控訴人に対し付与した執行文はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、被控訴人主張の本案前の抗弁事実中被控訴人主張の調停調書正本につきその主張の日時に執行文が付与され、又訴外島崎晋次に対する承継執行文が付与されたこと、及び原判決事実摘示の控訴人主張と合致する事実は認めるがその余は否認すると述べ、本訴請求原因につき控訴人は本訴において調停調書第五項の執行文付与についてのみ争うものであるが、本件調停成立前である昭和二十六年十一月末日までの土地の賃料は控訴人において既に供託済であるから十一月分の賃料については特に調停調書に記載されなかつたものであり、又調停条項第五項の「引続き六ケ月以上の賃料の支払を怠つたとき」とあるのは賃料の個数六ケ月分以上を支払はなかつたときを意味するものではなく調停成立の時から暦により算定した六月間以上賃料の支払を怠つたときと解すべきであるから控訴人において昭和二十六年十二月より翌二十七年五月末日までの賃料の支払を怠つたときはじめて右条項により本件土地賃貸借契約解除の効果が発生するものであるのに、甲府簡易裁判所は右調停条項の解釈を誤り同年五月十二日本件執行文の付与をなしたのは違法であると附陳し、被控訴代理人において本案前の抗弁として、被控訴人より控訴人に対する甲府簡易裁判所昭和二十六年新(ユ)第十四号宅地建物調停調書正本につき、被控訴人は昭和二十七年五月十二日同裁判所から右調停条項第三項及び第五項につき執行文の付与を受けたところ、控訴人は同年同月十九日頃右調停条項第一項記載の土地上に建設せる控訴人所有の建物全部を訴外島崎晋次に売渡しその旨の所有権移転登記手続を完了した。そこで控訴人は同年十二月三日前記裁判所から右訴外島崎晋次に対する承継執行文の付与を受けたのである。従つて、控訴人は前記建物の譲渡により前記土地につき何等の利害関係を有しなくなつたので本件執行文付与に対する異議の訴につき原告たる適格を有しないものである。と述べた外、原判決事実摘示と同一であるから、こゝに、これを引用する。

〈立証省略〉

理由

先づ被控訴人主張の本案前の抗弁につき判断するに、執行文付与に対する異議の訴は執行文の効力を廃棄する効果の発生を目的とする訴訟法上の形成の訴と解すべきであるから執行文に表示された債務者は右訴の原告たる適格を有し且つ当然に訴の利益を有することとなる。而して原債務者に対する執行文が付与された後に更にその承継人に対して承継執行文が付与された場合と雖も前者に対する執行文の効力は当然に消滅するものではなく債権者は既存の右執行文を利用して強制執行をなすことも可能な地位に在るのであるから原債務者としては自己に生じた異議の事由を主張して右執行文の付与を争う余地があり従つて右訴の原告たる適格を失うものと解すべきではない。本件においては被控訴人が後掲被控訴人と控訴人間に成立した調停調書第五項に基き昭和二十七年五月十二日控訴人に対する建物収去による土地明渡の強制執行のため本件執行文の付与を受けた後、控訴人は同年同月十九日右地上建物を訴外島崎晋次に売渡しその所有権移転登記手続を経由したので被控訴人は更に同年十二月三日同訴外人に対する承継執行文の付与を受けたことは当事者間に争のない事実である(控訴人は右建物につき尚代金未払分に相当する八十分の三十五の割合による所有権を有していると主張しているが斯く解すべき資料がない)。しかし控訴人が同訴外人に対し右建物及びその敷地を含む土地全部の引渡を完了した事実を認むべき証拠はなく又被控訴人の態度からみて被控訴人は右土地の賃借権の譲渡若は転貸につき承諾を与えていないものと認めることができるから控訴人は依然として土地返還の義務があり少くとも空地部分については前掲執行文により強制執行を受ける地位に在るものと謂えるし土地の使用に関する被控訴人の承諾の有無によつては同訴外人との間の前掲売買契約は解除となる可能性も存在しその他建物の占有関係についての原審における控訴人本人の供述もにわかに措信し難いから控訴人が本件につき原告たるの適格を有しないとなす被控訴人の抗弁は採用し得ない。

仍て本案の判断に入るに、被控訴人を申立人、控訴人を相手方とする甲府簡易裁判所昭和二十六年新(ユ)第十四号宅地建物調停事件につき同裁判所において昭和二十六年十二月十五日成立した調停調書に、

(一)  相手方は申立人に対し甲府市春日町二十六番宅地七十六坪五合に対する昭和二十四年七月より昭和二十六年九月までの未払地代金一万五千四百五十五円四十四銭の債務を負担していることを認める。

(二)  申立人は前項債権のうち相手方が甲府地方法務局に供託した金五千九百七十四円を差引いた金九千四百八十一円四十四銭を金五千円に減額することを承認する。

(三)  相手方は申立人に対し第二項の金五千円を昭和二十七年二月より同年六月まで毎月三十日限り金千円宛分割して支払うこと。

(四)  申立人は相手方に対し第一項記載の土地を引続き建物所有の目的をもつて期限を定めず賃料は昭和二十六年十月より昭和二十七年三月までは月額金千四百二十八円、昭和二十七年四月以降は月額金千二百三十二円とし毎月末日限り支払う約をもつて賃貸する。

但し賃料は本契約の日より三ケ年毎に当事者双方協議の上改め又は統制法令の改正に伴つて増減するものとする。

(五)  相手方において前項賃料の支払を引続き六ケ月以上怠つたときは賃貸借契約は当然解除となり相手方は地上建物を取払い本件土地を申立人に返還明渡すこと。

(六)  申立人は第五項の相手方が申立人に支払うべき昭和二十六年十月分の賃料は別途計算により是が支払を免除すること。

なる条項が存在し被控訴人が昭和二十七年五月十二日同裁判所から右調停条項第五項につき控訴人に対する強制執行のため執行文の付与を受けたことは当事者間に争がなく、控訴人が右調停条項第一項記載の土地の賃貸借につき昭和二十六年十一月以降昭和二十七年四月迄の賃料の支払をしなかつたことは本件口頭弁論の趣旨により明らかである。

しかるところ控訴人は前掲調停条項第五項は調停成立後の昭和二十六年十二月末日以降六ケ月間賃料の支払を怠つたときに始めて賃貸借約契が解除となり土地返還義務が発生する趣旨であるから右執行文付与当時においては未だ執行の条件が成就しないと主張し被控訴人は昭和二十六年十一月乃至翌二十七年四月迄六ケ月分の賃料延滞により右条件は成就したものであると抗争するので判断するのに前顕調停条項の文言自体及び成立に争ない乙第六号証並びに原審における被控訴人本人の供述を綜合すると、右調停条項第四項において被控訴人は従前から控訴人に対し賃貸していた第一項記載の土地につき改めて賃料を昭和二十六年十月より翌二十七年三月までは月額金千四百二十八円、同年四月以降は月額金千二百三十二円毎月末払と定めて賃貸借契約を継続することを約し賃料関係については第一項乃至第三項において昭和二十四年七月より昭和二十六年九月迄の未払賃料額の確認及びその減額並びに支払方法を定め更に第六項において昭和二十六年十月分の賃料は別途計算によりその支払を免除したものであることが認められるから、控訴人は同年十一月分以降の賃料を支払うべき関係に在るもので調停成立時の同年十二月十五日には右十一月分の賃料は既にその支払期限が到来していたことは明白である。控訴人は昭和二十六年十一月分の賃料は既に供託済であるから特に調停調書に記載されなかつたものであると主張し成立に争のない甲第二号証に依ると控訴人が昭和二十六年十一月六日に昭和二十四年七月から昭和二十六年十一月迄の賃料として金五千九百七十四円(一ケ月金弐百六円の割合)を供託している事実は認められるけれども、成立に争のない乙第六号証によれば右は同期間における延滞賃料額の一部に過ぎないことが認められ且前掲調停条項第一及び第二項によると右金額は昭和二十四年七月以降昭和二十六年九月迄の延滞賃料中に充当されていることが明かであるから前掲供託の事実のみを捉えて昭和二十六年十一月分の賃料は既に供託済であるため調停調書に特にその記載をしなかつたものということはできない。却て原審における被控訴人本人の供述によると調停成立の際、主任裁判官の勧告により、控訴人は同年十二月末日に十一月分及び十二月分の賃料の支払をなすべきであるが同人の経済上の事由を考慮して右十一月分の賃料は同年十二月と翌二十七年一月の二回に分割して支払うべきことを双方了解した事実が認められるので、控訴人は遅くとも十一月分の賃料は昭和二十七年一月末日までにその支払をしなけれげならない関係に在つたものと解しなければならない。而して前掲第四項が従前の賃貸借契約を継続した趣旨からみて第五項の前項賃料の支払を引続き六ケ月以上怠つたとき云々の定めは引き続き六ケ月分の賃料支払を怠つたときの意に外ならないのであつて控訴人主張のように特に暦による計算方法に従いその始期は調停成立の時より計算すべきことを定めたものと解すべき何等の根拠がない。原審における控訴人本人及び当審証人佐野藤吉の各供述中以上の認定に反する部分はにわかに信用できないし、他に右認定を左右する証拠はない。そうだとすれば控訴人が昭和二十六年十一月以降昭和二十七年四月分迄の賃料を延滞したことにより前記土地の賃貸借契約は調停条項第五項に基き同年四月三十日の経過により何らの意思表示を要せず解除となり控訴人は被控訴人に対し地上の建物を収去して前掲土地を明渡すべき義務を生じたことは明らかであるから、甲府簡易裁判所が昭和二十七年五月十二日前記調停調書正本につき執行文を付与したことは正当であり他の点について判断するまでもなく控訴人の本訴は排斥を免れない。さればこれと同趣旨に出た原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条、第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 野口仲治 鳥居光子)

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